代表者の想い

代表親方

父の指導

私は、昭和28年米農家の三代目として生まれました。
当時は、長男が家業を継ぐ時代でしたので、なんのためらいもなく地元の矢板高校農業科に進み農業をやるものと思っていました。

しかし、高校在学中に米の生産調整、いわゆる減反政策が始まりました。

このままでは米作りが出来なくなると危惧した父は「手に職があれば、どんなに時代が変わろうと食べていける、最新の知識と一流の技術を学んできなさい」と、東京行きを薦めました。

親方の教え

今から43年前、東京は憧れの地でしたので、卒業と同時に飛んで行き、目黒の塗装店に就職しました。今では珍しくなった住み込みで、住宅塗装を中心に、野丁場(ビル、マンション)店舗のインテリア(内装の塗装)吹付け塗装など、7年間修行しました。親方は「塗装というものは永久にもつものではない、5年から10年で塗り替えなければならない、しかし丁寧でいい仕事をしていれば永久に続けられる、お客様が喜び、感謝される仕事を続けなさい」と。今でもこの言葉を座右の銘として仕事に取り組んでいます。

(40年前の塗料は5年から10年でした、現在は15年が主流、20年持つ塗料もあります。)

地元に感謝

地元に戻り、昭和53年、神山塗装工業を開業いたしました。当然開業してもすぐには仕事が無く、あちらこちらと下請けの仕事からはじめました。新築でもリホームでも塗装の予算は少なく、やっと仕上がる程度。「もっといい仕事がしたい、大手ならできるはず」と思っていましたが、大手ほど予算は少なく、思うような仕事が出来ませんでした。しかし地元はありがたいもので、小、中、高校の友人、知人が仕事を紹介してくれて、また、お客様からお客様を紹介していただき、今では下請け仕事はしないようになり、下請けにも出さず、100パーセント自社で受注、自社で施工しています。

1.000年企業を目指して

日本は、世界でも稀な長寿企業がたくさん存在します、創業百年以上が2万社このうち二百年以上が約12.000社、三百年以上が約400社、五百年以上が約30社、千年以上が7社とされています。私たち神山塗装工業は、建築塗装を通して、住宅の価値を高め、人々の心にうるおいと安らぎをあたえ、お客様や、地域社会から支持される、千年企業を目指し、日々努力をしています。

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